2009年7月11日土曜日

公務員不信のスパイラル

公務員不信のスパイラル   上野眞也

 公務員の非効率な仕事ぶり、不祥事が新聞に載らない日はない。かつてのお役人から公僕へ、そして今では穀潰しと、公務員の評価は地に落ちている。確かに正鵠を射た批判もあるが、「政治の失敗」も含めた安易な行政と公務員に対する不信、シニシズムが広がってきた。公務員は非効率だ、人数を減らせ、給与を下げろという合唱が行政改革で起きたが、公務員制度をこのような信頼性を欠いたシステムとしてしまうことに危惧を感じる。

 民間企業は、これまで人的資本の効率的な活用に取り組んできた。年功序列、終身効用という日本型雇用システムを問題とし、成果主義が導入された。この変革は人件費を削減し企業業績の回復に寄与したが、他方で組織への忠誠心を失い企業自体の人的資本の流出など中長期的に組織の活力を蝕んでいった。いま公務員制度にも、企業経営の手法を取り入れた成果主義が導入されつつある。このため給与・昇進格差をつける明確な職階制と成果主義を導入して、総人件費の抑制や総定員を削減することが目指されている。

公務員制度は非効率な組織の典型とされるが、本当なのだろうか。日本の公務部門は、諸外国と比較して圧倒的に小規模で運営されている。先進諸国に比べ公務員数の比率は極めて少なく発展途上国並みである。しかし国民にとって、公務員は多すぎると考えられている。公務員の適正数は、どの程度の公共サービスを欲するのかに規定される。もっと小さな国家を目指す政府は、「骨太の方針」で更に5.7%公務員を縮減していくこととした。中央政府を縮小し、公共サービスを民間やNPOと協働しながら作り出していくことに異存はないが、地方分権で地方の役割が増えており、住民の安心・安全を確保するためには効率的で大きな地方政府が必要なのではなかろうか。

行政批判としてよく聴かれる「増税をする前に、効率的な使い方を!」という意見には、行政は無駄な働きをしているという不信感が漲っている。むしろ税を活かしたこういう行政活動を望むという議論が建設的なものであろう。また日本では公務員は競争試験に合格したものを採用する閉鎖的昇進システムが採られ、その給与は大企業と比較すると低い水準に置かれている。それでも高すぎるという批判があるが、現実には官民を問わず高度な業務を処理できる人材を得るには、相当の報酬を払わなければならない。そして今優秀な若者の公務員離れがおき始めている。

いま導入されつつある成果主義には、単にカネと鞭で人を働かせようとして失敗をした民間の教訓を活かすことが重要である。つまり効率的な公務員制度を維持するためには、金銭的報酬と心理的報酬のベストミックスが求められる。日本型人事の特徴は遅い昇進システムで、誰がトップに昇進するのか明確にせず、長期間安い人件費で競争と努力を強いる。大部屋でチームワークによる仕事を行い、自発的に能力と組織への忠誠心を高めていく巧妙なシステムであった。職務分類の曖昧さも、ふだんと違った仕事にも柔軟に組織として対応する工夫である。個人業績評価は、人材の能力向上と組織効率化に有用な情報であるが、これを短期的に褒賞に結びつける人事評価は、評価される成果を挙げることだけに専念し、組織目標の達成や効率化を進めることに繋がらない。他者への協力は、自己にとってマイナス査定となると考えるような組織風土を助長し、職務への動機付けに大きく影響する。

公務員不信のスパイラルは、職員の志気、気概を喪失させるのみならず、国民にとっても不安を掻き立てる効果しかない。この失われた信頼を回復する責任は、もちろん行政側にある。何事にも挑戦しない、最低水準の仕事しかしない人は不要であり、何かを創造することに挑戦するような公務員の育成システムが今求められる。他方で、国民にも自分たちのための組織として評価する姿勢がないと、この公共システムは失速してしまうかもしれない。

(この原稿は2006年7月に、熊本日日新聞社の論壇に寄稿した元原稿です)

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