2009年7月11日土曜日

「忘れられた日本人」を読んで

宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)を読んで

 熊本大学大学院社会文化科学研究科公共政策学専攻

                 柳田 紀代子

本書の世界は、テレビはもちろんまだなく、ラジオがやっと普及し始めた頃ではないかという時代。記録されることのほとんどなかった日本の農山漁村の人々の生活が描かれている。

 宮本常一が古老たちを取材したのは、昭和1030年代。記録しなければあっという間に忘れられてしまう性質のものを情熱と丹念な聞き取りによって、いきいきと今の時代に伝えている。

本書に出てくる人生は多様である。貧しい生活の中で必死に働き続けた人が多いが、諦観し乞食生活を受け入れた老人もいる。村の生活がよくなるように身を捧げた人生もあるし、ひたすらに男女関係にいそしんだ人もいる。

考えてみると、私自身これまで、古い農村社会は因習に縛られた封建的ムラ社会というイメージを持ち、そこで暮らす人々はそこで生まれ、そこで育ち、そこで生を終えるという思い込みがあった。

ところが、本書によると、意外にも、村の人たちは、型にはまらず、旅に出たり、戻ってきたりする。特に、若い娘たちが世間を知るため、身一つで旅に出るところはにわかには信じられない気持ちであった。交通が発達し、治安がよい現代と引き比べてみると、ずいぶんと無謀で行動的な娘たちである。身の危険を感じなかったのだろうかとの疑問が湧いたが、男と女が歌のかけあいをする歌垣や夜這いの場面を見ると、性についても自由奔放に生きていたことがわかる。

また、「土佐源氏」は、村の共同体からはじき出されたような盲目の元馬喰の生涯を聞き取ったものである。馬喰といえば、差別や蔑みの対象であったと書きながらも、様々な女性達と関係を持ち、身分の高い女性2人とは心を通わせた関係になる。読んでいる内に、山奥の荒れ果てた家の土間で、腰の曲がった老人から昔話を聞いているような気持ちになるまさに文学といえる内容であった。
 これまで持っていた古い農村社会イメージ、思い込みを本書は、見事に覆してくれた。宮本は、東京中心の考え方に反発しており、宮本の出身である西日本での記述が大部分を占めているが、各地方にこうした多様なムラ社会があり、「素朴でエネルギッシュな」名もなき人々の存在から、近代日本の発展につながっていったのだろう。

全編を通して、興味深い内容であったが、特にわたしがひきつけられたのは冒頭「対馬にて」の「寄りあい」の方法である。「対馬にて」の項には、対馬の北端、伊奈の村で見聞した村人たちの寄りあいの様子が書かれている。
 村で何か問題が起こり、取り決めを行う場合には、寄りあい所に村人が集まり、みんなの納得がいくまで何日も何日も話し合う。途中で食事のために家に帰ったり、眠くなったら中座してまた戻ってくることもあるという大らかさである。性急に結論を急ぐのではなく、問題に関係のあるそれぞれの経験談や伝承話により、話に花が咲く。一見雑談のようなその話し合いは、大勢の人間が何日も時間をかけて行う。
 非常に悠長な話ではあるが、これは単に答えを出すというだけではなく、村人たちがお互いに考えていることや知っていることを伝え合い、それだけ時間を掛けて、多面的な見方から導かれた結論だから、村の皆が納得し、約束を守るためにも役立ったのだろう。強引な結論は村人たちの疑心暗鬼を生み、小さな共同体においてそれは致命的なこととなる。この合議制は村人達自身の自治の形である。
 興味深かったのは、この寄りあいでは、「郷士も百姓も区別はなく、領主―藩士―百姓の立場になると、百姓の身分は低いが、村共同体の一員となると発言は互角であった」というくだりである。現代の日本では、スピードが優先され、情報過多でもある現代、そのため結論も安易に得やすく、一方的にそれぞれの思惑による結論になったり、ややもすると「声の大きい人の意見がとおってしまう」ことに慣れてしまっている今の日本や組織の物事の決め方とは大違いである。

さらに、驚くのは、その寄り合いの結論が出るまでじっと寄り添って、そこに隠された哲学とも呼ぶべきものをていねいに拾い上げた著者の忍耐強さと懐の深さである。

現代において、住民参加と言えば、住民討論会や住民投票を思い浮かべるが、同じ地域にずっと住む人々にとって、意見がまっぷたつに割れるような場合、合意を得る作業を蔑ろにすると住民の反発を招るであろうし、また、たとえ丁寧に合意を得る作業を行ったにせよ、結果的に合意を得られなかった場合には、かなりのしこりを残し暮らしにくい地域になるのではないだろうか。
 それ以外にも本書は、現代社会に様々なヒントを示唆してくれている。若隠居の話は、社会の第一線から退いた高齢者が、どのように社会と繋がりを持ち、どのような役割を果たして生活すればよいかを示しているし、貰い子の話では、母親が自分で育てられない辛い思いの中で、せめてこの子にとって、よい環境とよい人間関係のある家を探そうと泊まり歩く。「子供は世の中のもの」との考え方で、親ではなくても、育てる力のあるものが育てるという素朴な相互扶助の考え方が無理無く受け入れられていたことが推測される。「こうのとりのゆりかご」を置いてしまった、置かざるを得なかった現代と大きな違いがある。  

本書の解説(網野善彦)の中で「宮本は、自叙伝の中で、『・・・いったい進歩というのは何であろうか。発展とは何であろうか』という問題を考え続けたという。『進歩に対する迷信が退歩しつつあるものをも進歩と誤解し、時にはそれが人間だけではなく生きとし生けるものを絶滅にさえ向かわしめつつあるのではないかと思うことがある』と述べ、現代の人間につきつけられた課題そのもの」と述べている。

翻って現代を見てみると、核家族が増えてゆき、地域の中での繋がりや連帯が薄れる一方であり、子ども達の生活もゲームや携帯電話に拘束されてしまう現在、以前は家族や地域の中で行われていた語り継がれた伝承や生活の知恵が姿を消していっている。
 宮本が、「進歩のかげに退歩しつつあるものを見定めていくことこそ、我々に課されている、最も重要な課題」と述べているように、家庭の機能や地域の連帯が薄れつつある中、失われつつあるものを再生する知恵を持つべきなのではないかと感じた。

私たちは快適で便利な生活と引き換えに失ってしまったものがあるのではないか。本書に書かれた世界は、50年以上も前の話であるが、想像以上に素朴で自由な村人たちの生き方に十分共感できる部分がある。自分の中に、本書で書かれているエネルギッシュな人々から連綿と続く“何か”を引き継いでいることを実感する一冊だった。

              (20096月17日)

0 件のコメント:

コメントを投稿